密会は婚約指輪を外したあとで

拓馬の長い指が私の髪をすくい、寝癖を直すように撫でていく。

その優しい仕草はまるで、明け方に見た夢のようでドキリとした。


「兄貴と、まだ関係続ける気?」

「拓馬こそ、渚さんとはどういう関係なの?」


質問を質問で返した私の声は情けなくも掠れていた。


「渚? なんでそこで渚が出てくるのか……。高校のときの同級生だけど?」

「それはハルくんから聞いた。……付き合ってるとかはないの?」


そもそも私が一馬さんとの関係を切れないのは、拓馬に渚さんの影があるからだ。


「まあ、ある意味付き合ってるのかもな」


窓の外へ視線を流し、拓馬は平然と答えた。


「え……」


私は朝食を食べるのも忘れ絶句する。


渚さんと拓馬が付き合っている……。


本人の口から決定的な事実を知らされ、余計なことを聞いてしまったと今さら後悔する。

ただ渚さんの相談に乗っているだけで、恋心や体の関係は全くない、と信じていたかったのに。


「そっちだって兄貴と別れられないんだから似たようなものだろ」

「それは、色々と事情があるの」

「事情って何だよ」


私と拓馬は睨み合うようにお互いの目の奥を探っていた。



「──わぁ、これが修羅場ってやつ?」


突然割り込んだテノールの声に、私と拓馬の視線がリビングの出入口へ向かう。

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