密会は婚約指輪を外したあとで
「その袋の中身はただのケース。本当に渡したいのは、こっち」


一馬さんは胸ポケットから何かを出し、私の左手を取った。

そして、まるでチャペルでの結婚式のように、薬指に指輪をはめる。

ダイヤが横一列に数粒並んだ、普段使いのできるエタニティ。

サイズは少し緩いけどサイズ直しが必要なほどではない。


「や……こんなの、困ります!」


慌てて指輪を外そうとするのに、一馬さんは強く私の左手を握りしめ、それを阻む。


「俺と、結婚して欲しいんだ」

「いや、それは……」


ストレートなプロポーズに私は言葉を濁した。


「好きな人がいるから? それとも、俺に子どもがいるから嫌なの?」


切なく伏せられた長い睫毛が頬に陰影を作る。


「せっかく指輪をあげたいと思える子に出会えたのに残念だ……。1ヶ月、いや、せめて2週間だけでも、つけてくれないかな」


一馬さんはいつも、相手が断りづらい方向に話を持っていく。


「2週間ですか? それくらいなら……いいです、よ……」


この断れない性格、どうにか改善できないものか。

意気地無しの自分が腹立たしい。


「本当? ……ありがとう」


目を輝かせた一馬さんは、人目をはばからず私をきつく抱きしめてきた。
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