密会は婚約指輪を外したあとで
「だいたい、兄貴の了承なしに、これ以上手は出せないよな」


その言葉を聞き、張りつめていた緊張が一気に解かれる。

何だ、最初からそのつもりで家で飲み直そうと提案してきたわけではなかったんだ……。

少しでも期待していた自分が恥ずかしい。


「何、残念そうな顔してるんだよ」

「そんな顔してません!」


私はお盆で顔を隠し、必死に否定する。

ローストビーフやおつまみ類をお盆に乗せてから、今度はキッチンからリビングへと逃げる。

ソファでやけ食いしていると、すぐ隣に拓馬が座ってきた。

微かに彼の体温と香水の香りが感じられる距離。


「それより、本当に兄貴とは何もないのか?」


拓馬は私と一馬さんの仲が相当信じられない様子で、私の体中を疑惑の眼差しで眺め始めた。


「まだ言ってるし。本当だってば」


特に首筋付近へ視線を感じるのはなぜだろう。


「……あ、でも。手を繋いだり、抱きしめられたりしたことくらいはあったかも」

「そういえば、そんなこともあったよな」


一馬さんの部屋か、もしくは地下街でのラブシーンもどきを目撃していたのか、再び拓馬の表情が不機嫌になっていく。
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