密会は婚約指輪を外したあとで
「この人、結婚願望全くないんだよ。結婚する気になるまで待ってたら、なゆさん、しわしわのお婆さんになっちゃうよ?」
「それは……凄く困るかも」
「でしょ。たぶん僕が大人になるまで待ってた方が早いよ」
「おい。何、ガキのくせに口説いてんだ」
ドスの利いた声を響かせた拓馬は、自分の弟を鋭い目つきで睨みつける。
「ガキ……? 結婚願望のない兄さんに言われたくないなー。だいたい、まだ高校時代の同期生と関係切れてないんでしょ」
ハルくんも負けじと大きな目を吊り上げて対抗する。
放っておいたら兄弟喧嘩が始まりそうだったので、さっきスーパーで買ってきたばかりの苺を冷蔵庫の中から取り出し、ハルくんに持たせた。
「これ、一花ちゃんと一緒に食べて」
「え? ああ……ありがとう」
「また、いつでも来てね」
寂しくなったら、と拓馬には聞こえないよう小声でつけ足すと、ハルくんはうっすらと微笑んだ。
「奈雪、さん……。帰る場所があるって、幸せなことだね」
玄関へ向かおうとする拓馬がこちらに背を向けた隙に──身を屈めたハルくんに一瞬、頬へキスをされた。
「は、ハルくん……!」
不意をつかれて顔に血を上らせる私。
怪訝そうに振り返る拓馬は、おそらく気づいていないよう。
兄の背を押し悪戯っぽく笑ったハルくんは、私のアパートから自分の居場所へ戻っていった。