密会は婚約指輪を外したあとで
◇
日帰りの出張があるからと一馬さんに呼び出された私は、佐々木家へ向かっていた。
保育園の終わる夕方から、帰宅予定の22時頃まで一花ちゃんの面倒を見て欲しいと頼まれている。
今日は午後からあいにくの雨。
お気に入りのアンティークなデザインの傘を差し、弱い雨音を聞きながら保育園へ急ぐ。
先日、佐々木家の皆と一緒に来た、噴水公園の前を通りかかったときだった。
噴水のそばに人の気配があり、ふと目を向けると、一つの傘に親密そうな二人の男女が入っていた。
よく見れば、傘を持っていたのはスーツ姿の拓馬で、その隣にいた小柄な女の人は渚さんだった。
──どうして、彼のそばにいるのが自分ではないのだろう。
傘を傾け自分の顔を隠し、二人の様子をうかがえば、向かい合う形で何やら深刻そうに話をしていた。
渚さんの口から出たと思われる『離婚……』という単語が耳に入ってしまい、私は思わず歩みを緩める。
まさか渚さんは離婚して、拓馬と一緒になるの?
最悪な予感が頭を掠める。
二人の近くへ行って話の内容をじっくり聞きたいのは山々だったのだけど。まさかそんな無粋なことはできない。
拓馬に嫌われる結果になるのは目に見えている。
くちびるを噛み締め、二人の存在に気づかなかったふりをし、足早に通り過ぎることにした。