密会は婚約指輪を外したあとで

手首には細身の革の時計を付け、肩には大きめの鞄を掛けていて、いかにも仕事ができる女性という雰囲気を醸し出している。


「すみません、お仕事中なのに呼び出してしまって」

「いいえ。急ぎの仕事はなかったから大丈夫」


淡々と楓さんは答え、慣れた様子でキッチンへ向かい手を洗う。

楓さんは冷蔵庫に保管してあるという解熱剤の存在を知っていて、いつかのときのために私へ使い方を教えてくれた。

こういうとき、保育士か何かの資格を持っていれば、もっと役立てたのにと思う。



「ママ……?」


掠れた声が聞こえ、一花ちゃんは目を覚ましたようだった。


「一花? 大丈夫?」


楓さんが部屋に入り、一花ちゃんのそばへ駆け寄る。


目を開けたら大好きなママが家にいて、よほど嬉しかったのか。

一花ちゃんの目から大粒の涙が溢れた。


「今日は、一花と一緒にいるからね」


ママに手を握られた一花ちゃんは、安心したようにまた眠ってしまった。



「……楓さん。ちょっとお話が」


私は小声で彼女に話しかける。

そっと一花ちゃんから体を離し、楓さんは立ち上がった。


「あの。勝手なことを言ってすみませんが、一馬さんと──よりを戻すつもりはないんですか?」
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