密会は婚約指輪を外したあとで
「それより奈雪」


拓馬が急に話題を変え、苦々しく顔をしかめた。


「兄貴と結婚するって本当なのか?」

「結婚……?」

「兄貴とするくらいなら、俺と結婚しとけ」


抱きしめていた腕を緩め、私の肩に手を置いた彼は、強い眼差しで見下ろしてくる。


「……え? だって拓馬、結婚願望ないって言ってたのに」


一瞬、何を言われたか判断できない。
聞き間違いではないだろうか。


「好きな女を取られそうだっていうときに、悠長なこと言ってられないだろ」


好きな女、って……。

気恥ずかしい言葉に、私はわざとうつむいて、熱を持った顔を隠してしまう。


「婚約は偽装だったんだよな? なのに何で婚姻届けなんて……」

「婚姻届け、って何のこと?」


不思議に思った私は首を傾げて聞き返した。


「渡されたんだろ、兄貴から」

「……そんなの、もらってないよ?」


さっぱり話が見えず、目を丸くして否定する。
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