密会は婚約指輪を外したあとで

「兄貴のヤツ……また嘘かよ。嘘は良くないって習ってないのか?」


舌打ちしそうな勢いで、拓馬がネクタイを僅かに緩める。

また嘘、ということは拓馬も何度か嘘をつかれた経験があるようで。一馬さんに騙されたのは私だけではないようだ。

きっと一馬さんは、一花ちゃんの誕生会が始まる前から、弟の無事を知っていたに違いない。


「そういえば、拓馬はあんまり嘘つかないね」

「常識だろ」


思えば、毒は吐いたとしても、一馬さんやハルくんほど私を騙したりはしていない気がする。

そういう所も好きだなぁとぼんやり思った。


「……とにかく。今は誰のものでもないってことだな。じゃあ、これ。奈雪に渡しておく」


自分の中指からシルバーの指輪を外し、私の薬指にはめる。

かなり緩かったけど、拓馬が普段身につけている物をもらえるのは嬉しい。


「今日はこれしか渡せなくて悪いな」

「これって……」

「婚約指輪の代わり」


どこか照れくさそうに拓馬は目をそらす。


「ありがとう……」


何と答えれば良いかわからなくて、小声でお礼を言ったあと下を向く。

拓馬の綺麗に磨かれた黒い革靴が目に入る。
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