密会は婚約指輪を外したあとで
私のことを胸に抱き寄せながら、拓馬は低くつぶやいた。
「……可愛い」
か、可愛い?
赤面する私は、聞き間違いかもしれないとその台詞をスルーしてしまう。
「今すぐ家に連れて帰りたいくらいだけど、一花の誕生会があるからな」
拓馬は残念そうに、私のこめかみ近くの髪へ口づける。
出会った当初は、彼からこんな風に愛しげな目を向けられるとは思ってもみなかった。
「あのね、拓馬。この指輪の返事だけど」
「あ、ああ……」
拓馬の黒い瞳が揺れ、落ち着きなくチャペルの外観へとさまよい始める。
「私、一花ちゃんのお世話をしているうちに夢ができたの」
「夢?」
「保育関係の仕事に就いて、幸せな子どもたちを増やしたい」
私は一度深呼吸をしてから拓馬の目を見つめた。
「仕事が落ち着いて、ちゃんと自分で生活できるようになったら。これを最後の恋にしてくれますか」
全てを言い切ったとき、心臓の鼓動が自分の耳元で鳴っていることに気づいた。
勇気を出して彼の瞳を見つめると、柔らかく微笑みかけられる。
「──いいよ。特別に待っててやるよ」
上から目線の台詞だったけど、今まで聞いたことがないくらい、甘くて優しい声だった。