密会は婚約指輪を外したあとで


TVの前のローテーブルに、生姜焼きやキャベツの千切り、海老のすり身汁を並べる。

拓馬は文句も言わず、全て完食してくれた。


「こんな風にただ、飯作ってもらえるだけで、何か幸せ」


食後のコーヒーを飲みながら拓馬は言った。

冷蔵庫に入っていた簡単な物だったけれど。そんな風に言ってもらえるのが私の幸せだ。



「そういえば、気のせいか?」


拓馬がふとつぶやく。


「奈雪の口から、好きって聞いたことがない気がする」

「……気のせいじゃない?」


そんな細かいことは気にしないタイプかと思っていたのに、私から『好き』と言っていないのが拓馬にばれていた。

勢いで抱きついたことはあったけれど。
確かに一度も言ったことはない。

私にとって、『好き』とはっきり自分の気持ちを言うのは、かなり勇気のいることだった。


「じゃあ、言ってくれるまで、奈雪には一切触れないことにする」


拓馬はどこか気だるげにコーヒーカップをテーブルへ置いた。


「ええっ? そんなぁ……」


同じ部屋にいるのに距離を置かれると、寂しくなってしまうもので。

なのに拓馬は平然と雑誌を読んだり、自分で淹れ直したコーヒーをブラックで飲んだりしている。
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