密会は婚約指輪を外したあとで
「一馬さんに娘さんがいるの、知らなくて」
浅はかだった自分が腹立たしい。
そんな簡単に“結婚”が転がり落ちているわけがない。
「子持ちなのを隠して、あんたに近づいたたってことか。奴は意外と腹黒いから気をつけな」
拓馬さんの忠告に、私が何も返せず黙っていると、
「──いいこと思いついた」
何かをひらめいたらしく、猫にも似た印象的な瞳の奥から、意地悪な輝きを放ってくる。
「奴に、仕返ししてやろうか」
妖しい目つきをした彼は突然、私の手首を掴み、マンションの外へ連れ出してしまう。
歩道には人影がなく、刺すような冷たい風が吹いていた。
「愛人として、俺と付き合ってみる? 兄貴には内緒で」
振り返った彼の艶やかな低い声が、私の耳をくすぐった。