密会は婚約指輪を外したあとで
玄関を出た彼は、ドアを押さえながら私を振り返った。
「兄貴もあんたを一緒に連れていけばいいのにな。最近うまくいってないのか?」
まだ一馬さんの婚約者だと信じている拓馬は、とんでもない誤解をしてくる。
「そ、そんなことないよ。一馬さんだってきっと、家族水入らずでいたいときもあるでしょ」
「そういうものか?」
腑に落ちない表情で、拓馬はエレベーターのボタンを押した。
狭いエレベーターの中、隣に立つ彼をどうしても意識してしまう。
呼吸すら彼の耳に届きそうで、私は1階に着くまで息を止めていた。
マンションの外に出るとすぐに、拓馬は地下鉄の駅の方向へ歩き出した。
どこに連れて行くつもりなのか尋ねようとしたら、拓馬が先に口を開く。