愁歌
愁歌
は難しい。お前はどう考えている」
 「まだ彼女と結婚について具体的に話したことはありません。けれど僕は彼女と結婚したいと思っています」
 「そうか、私は君が戻ることを待っているから」
 父親はそこまで言ってから、話題を変えた。
 二人は朝食後にホテルをチェックアウトして、京都に向かった。
父親と名刹を訪ね、久しぶりの父子の旅を楽しんで、その日は日本旅館に一泊した。
 翌日、マイクは東京に行く父親を新幹線のホームまで見送ってから、和歌山までの直通電車に乗った。
 
      
 その年の中秋の名月は九月中旬にやってきた。
残暑の厳しさも十五夜の月を見ていると秋の涼を感じるのは日本人の心なのかもしれないと裕子は思った。
 秋は向学心に目覚める人が多いようで、秋季生募集の広告を地元紙に入れただけだが、年配者の新入生が増えた。
 七、八月の忙殺された日々が嘘のように、九月半ばを過ぎると、彼女の生活は特別変化がなく過ぎて行った。
が、英会話スクールの生徒達の間で噂が広がりつつあるのをマイクと裕子は受け止めざるを得なかった。
 「平沼さん、おとなしそうだけど、しっかりしているじゃない」
 と寓意を露にするものもあれば、
 「外国人とデートするなんて、和歌山のような狭い所じゃ誰が見ているか、ねぇ--‐」
 と露骨に非難してくるものもいた。
 彼女達の多くはマイクのクラスの女性達で、特に昼間の主婦クラスの言葉に裕子は傷ついた。
 柳井のクラスで二人のことが話題に上らなかったのは、乾の気持ちを察して、全員の暗黙の了解だった。
 裕子が自宅に乾からの電話を受けたのは秋分の日の前夜だった。
 乾はいつもと変わらぬ口調で取り留めない
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