One Night Lovers
「でも、彼女いるんでしょ?」


 胸がズキズキと痛むのをひた隠し、精一杯笑顔を作って言った。

 ケイゴの表情が少し険しくなり、私の頬も悪い予感で強張った。


「まぁ、彼女……みたいなものかな」


 曖昧な表現は私に対する気配りなのだろうか。

 だったらちょっとだけ嬉しいけど、結局彼が私を欲しいと思ったのは旅の開放感のせいで、別に私でなくてもよかったのだ。

 それは私だって同じはずなのに、今日か明日かには愛する彼女の元に戻るケイゴと、日常に帰れば独りに戻ってしまう私とでは何かが決定的に違う。


「それなら私の連絡先とか必要ないって」


 ため息混じりに言った。

 邪で背徳の香りがする魅力的な誘惑だけど、同じシチュエーションで彼氏に捨てられたばかりの私には、彼女がいると聞いた後で「いいよ」とは言えなかった。

 そういうゴタゴタした男女関係はもうたくさんだ。

 ずっと私だけを特別に愛してくれる人と純粋な恋をして、できるなら熱が冷めないうちに結婚してしまいたい。

 だけどケイゴとはそういう道が想像できないのだから、どうしようもないと思った。


「ダメ……かな?」

「ダメでしょ」

「ルリがそう言うなら仕方ないね」


 寂しそうな笑顔を見せて、ケイゴはケータイをしまった。

 時間もないので私は彼に背を向けて出口を目指す。せっかくだからもう一度温泉に入っておきたい。
< 37 / 72 >

この作品をシェア

pagetop