天使のような笑顔で
桜庭さんだと気付き、慌てて俺はリストバンドを左手にはめた。

上手い具合に、包帯部分が隠れている。


「遅くなって…すみません。はぁ…はぁ……、結構…遠いん…ですね」


呼吸が荒いせいで、言葉も途切れ途切れになっている。


「ゆっくりでいいって言わなかったか?」


そんな彼女を見て、先生は笑っていた。


「アイに…早く飲ませたくて……」


彼女は、右手に持っていた牛乳のパックをアイの方に向けて見せていた。


猫にはそれが牛乳だって分からないのにな。


そう思ったら、彼女が更に愛しく想えた。

包帯の上からケガを舐めてくれたアイと、どこか似ているかもしれない。


「これに開けてやるといい」


先生が差し出したのは、ケガの治療とかでガーゼとかを置いたりするひょうたん型みたいな銀の深い器。


「消毒済みだからきれいだぞ」


開けるのをためらっている彼女に、先生は慌てて付け加えた。


「ありがとうございます」


ハサミを借り、彼女はパックの封を切って中身を器にあけた。

床にその器を置くと、アイを抱きかかえに行った。


「お待たせ、アイ」


ミルクの前に下ろしてやると、アイは恐る恐る舌を伸ばした。


ピチャッ


音を立てて一口舐めると。

中身を知って安心したのか、アイは顔を近づけて勢いよく舐め始めた。


「お腹空いてたんですね」


その様子を、嬉しそうに見ていた彼女。

俺のケガを知ったら、きっと彼女の笑顔は消えてしまう。


気付かれないように…しないとな。
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