幸せまでの道

幼少期

私は父、母、兄、の4人家族の末っ子、祖母・祖父も父方、母方両方生きていたが、父方の祖父達は遠くに住んでおり、年に1,2回合う程度で、父も仕事柄、単身赴任が多く、一緒にいる事はほとんどなかった。
なので私達は母方の祖父達の家で5人で暮らしていた。
小さい頃から元気がよく、お人形などが好きだった反面、親戚の中でも女の子が一人な事から、プロレスごっこや外で男の子と交じり一緒に遊ぶ事も少なくはなかった。だが、子供の頃はどうやら少食で、ほとんどご飯をたべなかったようだ。

小さい時の友達と言えば、近所の女の子が3人ぐらいに、幼稚園で仲のいい子が一人くらいだった。
幼稚園に行ってもおもらしが直らず、毎日のようにおしっこを漏らしては、母に叱られていた。
幼稚園は地元では有名な優等生学校へ行き、地元のお祭りや行事にはお遊戯などを披露する事も多く、テレビの取材などもくる程だったが、これだけの優等生学校なだけあり、先生達は幼稚園児を相手にしている自覚はなかったのではないかと思う。幼稚園の時の先生の印象としては、【怖い】しかない。叩かれたりなどはないが、まさしく詰め込み教育、できて当たり前の世界であった。できなければキツい言葉が飛んできた。
今思い出せば、虐めにもあっていた(笑)
当日の私は虐められている自覚はない、【虐め】という事をまったく知らないからだ。
靴を隠されたり、2対1で言い合ったりしていたが、今思うとまったく気にせず、尚且つ虐めてくる子と言い合うとは、小さい時の方が根性がすわっていたのであろう(笑)
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