立入禁止
聞えてくる音といえば、虫の鳴き声と風で葉が揺れる音のみ。
女は一先ず逃げられた事に、安堵の溜息を吐いた。
きっとまだ"アレ"は、吊り橋の向こうの密林の中に潜んでいるのだろう。
額を流れる汗を手首で拭い、乱れたように顔に掛かる黒髪を掻き上げ女はそう思考する。
途中で見失って諦めたのか、まだ探しているのかは女には判らない。
しかし、例え"アレ"が吊り橋を渡り追い駆けて来ようが先刻とは違い逃げ切れる自信が女にはあった。
入り組んだ密林とは違い、荒れてこそいるが真っ直ぐの小道を進めば古い祠と階段が見えてくる。
その祠を超えた先の階段を下りると、傍らに黒い普通車が停車してある。
(車にさえ乗り込めば逃げ切れる…車のキーも…私が持ってる……大丈夫……)
女は未だ速く脈打つ心臓に白い手を添え、落ち着かせるように胸中で呟く。