魚が空を泳いだら
黒い影が皆口を揃えて何かを言っていた。違う、何か、ではなく死ねよ、だ。分かった瞬間に晴美は怖ろしくて駆け出していた。怖い怖い怖い怖い。でも逃げ切れる筈なんてなく、捕まってしまった。振り返れば、優しい“あの人”で。良かったと安堵に緩んだ体を、抱きしめられる。
が、次の瞬間。“あの人”に首を絞められる。違う、あの人ではない。晴美が見捨てた音色達だ。ごめんなさい、音にならない声が喉元で攪拌されて、声帯を傷付ける。きっと、もう少し我慢していれば、世界は優しく戻ってきていた。逃げ出した、私が悪いのだ。ごめんなさい。ごめんなさい。音色は束を失って、黒く塗り固められていく。絞殺しようとする手の力が強く強くなっていく。黒く、黒く、黒く。
しかし、少しだけ。白が視界の端に映った。“あの人”が優しく微笑んでいた。がんばってください、と。錯覚かもしれないけれど、ただの願望かもしれないけれど。願わくば─────。
晴美はベッドの上で目を覚ました。夢だったようで、少しだけ安堵して身体を弛緩させる。いつものように制服に着替えるだけなのに、何故かそれは何時もより軽くなっている気がした。