魚が空を泳いだら
羽を無くした鳥は、もう空を飛べないから。
***
少年の背中を見乍ら、郁は少しだけ瞼を伏せた。柔らかい橙に包まれた世界に、彼の白い頬を染める痛々しい青紫。其れは、彼が、異物である証拠だった。
「また来たんですか」
「うん、」
昨日とは少し変わって、砂埃の付いた制服。けれど何も変わらない深く優しいキャンバスのディープブルー。郁が居ることも気にせず、彼は一心不乱に青を塗り込んでいく。どんどん高く、どんどん遠く。突き抜ける空に、沈み込む彼自身に。薄暗い友人関係よりも、濁りきった黒板の色よりも、汚い虐めなんかよりも確かな感触を持った其の空は、やさしく彼を魅せるのかもしれない。
「ねえ、未だ居ても良いかな」
「君が然う願うなら」
弱々しく丸められた背中に付いた靴跡を、悲しく眺める。殺されているのだ、と思った。私ではなく、誰かの手によって。