魚が空を泳いだら
* * *
美術室に入ると、其処は色を亡くして居て、只の函になってしまっていた。其の函の真ん中で折損した翼の羽が床に横たわっている。立ち尽くす彼の眼前に黒く塗り潰された蒼い空。汚染された世界に肺が圧迫される。魚の鱗は剥がれて堕ちて、致死量に至る毒が、それを犯している。
奴らだ、と思った。異物を嫌う奴らの仕業だ、と。
「知っていたんだよ」
少年の手が、キャンバスを撫でる。若者達が真っ白いキャンバスだと言ったのは何処の何奴だったのか。奴等が色を亡くそうとしているくせに。郁は何も言えず、翼を失った彼の背中に目を遣る。頼りなく草臥れた白い制服が誰かの醜さを表していて。
「疾うの昔に、知っていたんだ。子供がオトナになることも。答えなんてないことも。世界が愛だけで構成されていないことも。海と空が離れ離れなことも。魚が空を、飛びやしないことも、君のように、」
だけど、と。
世界は確かに青かったのだ。