飼い犬に手を噛まれまして


「押しかけるくらいに、茅野に夢中なんだけど? 俺も変な病気にでもかかったみたいで現実味ないな」と笑った。



「まさか、病気だったから私とのこと無かったことにしてくれ、とか言い訳しにきたんですか?」


「言い訳なんてしない。俺はちゃんと茅野に惚れてる」


 真面目な顔した先輩の首に腕を回すと、強く抱きしめてくれる両腕。

 嘘みたいだけど、これが現実だ。



「どうぞ」


 部屋の中を指差すと、先輩は頷いた。



「可愛い部屋だな、茅野のイメージにぴったりだ。あれ? そういえば犬飼ってるんじゃないのか?」


 先輩は部屋を見渡してから、クッションに座る。ドキンと痛む心。私は小さく首を振った。


「預かっていたワンコなんです……」


「そっか、いなくなって寂しいって顔だな、それ」


 うそだよ……寂しくなんてない。罪悪感を抱えてるだけだ。

 私は先輩から顔を背けると、お客様用のグラスとコースターを二つ用意した。


「先輩、アイスコーヒーでいいですか? アイスカフェラテとかもできますけど……」


「カフェラテがいい。俺、甘党だから」


「ええっ? 意外ですね! コーヒーはブラックしか飲まない、ていうイメージありますけど」


「そうか? いつも会議の時も、コーヒーには砂糖もミルクも入れてるよ。たまに二つずつ」


 先輩はさらりと言った。その意外すぎる一面に笑いが止まらなくなりそう。



「そうだったんですかっ! だから、たまに砂糖とミルクの減りが異様に早い時あるんですねー。犯人が先輩だったなんて! あはは」


「ははは、萌子先輩には内緒な」


「どうしようかなぁー萌子先輩、ひょっとしたら逆に砂糖もミルクも大量に用意しちゃいますよっ」


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