飼い犬に手を噛まれまして
「星梛(せな)が?」
大きく見開かれた瞳。私はただ頷くので精一杯。星梛ってワンコのことだよね?
「ちょっと待っててください。お願いします」
慌てて鞄から鍵を出すと震える手で自分の部屋のドアを開いた。
中は、真っ暗だ。狭い玄関でパンプスを脱ぎ捨ててワンコの荷物を避けて部屋に入る。
「ワンコっ!」
だけど、部屋の中はもぬけの殻でワンコはいない。布団がクローゼットから引き出された痕跡はなく。先輩と飲んだ甘いカフェラテをいれたグラスは 洗ってスタンドにたてられたままになってる。
帰ってきてないんだ……
あの日、この部屋を飛び出したままワンコは一度も帰ってきてない。あんなに会いたがっていた、深陽さんが来てくれてるのに……
私のせいだ。私があんな酷いこと言わなかったら二人は再会できたのに。