飼い犬に手を噛まれまして
「でも私も世間知らずなんです。私も星梛も、本当に世間知らずで恥ずかしいくらい自分たちのことしか考えてなかった。
私たちは付き合うべきじゃなかった。楽しい思い出なんて作らなければよかった」
「そんなぁ……」
それじゃあ、深陽さんのことを思い出して楽しそうに話していたワンコが可哀想だ。
「せめて、話し合いだけでもしてあげてください! ワンコはまだ深陽さんのことが好きなはずです。二人に何があったのか私にはわかりませんけど、急いで結論ださなくてもよくないですか? 楽しい思い出があるならなおさらです」
「茅野さん。私には、もう時間はないんです。明日からシンガポールに行きます」
「しっ? シンガポール?」
「はい。転勤でシンガポールに決まりました。支局への移動を自分から希望していました。だから、その前に星梛とちゃんと別れたかったんですけど、会えなくてほっとしたのかも……」
「深陽さん、何時の飛行機ですか? 私、坂元くん探してきます! 会って話さなきゃだめですって、このまま深陽さんがシンガポールなんて行っちゃったら坂元くん絶対に悲しむ」
彼女の顔は、希望でいっぱいだ。ワンコとは別れるって決めてる顔だ。
「もういいんです。私たち恋人としては完全に終わってましたから。あ、そうだ。もし、彼が荷物を取りに来たら、ここの鍵も返しておいてください」
「深陽さん、待って! でも、もし転勤が別れるきっかけになるなら、ワンコはそれでも待ってるかもしれない」
「ワンコ?」
「あ、ごめん……えっと星梛くんは」