飼い犬に手を噛まれまして
ワンコは、黙ったまま私の手を握ってお店の脇の狭い路地に入る。換気扇がゴウゴウと音をたてて、青いポリバケツが置いてある。
壁が背中にあたる。ワンコの手が離れた。
「何しに来たんすか? 泣くほど顔も見たくないなら、来なきゃいいじゃないですか!」
「…………っ違うの」
ワンコが呆れたようにため息をつく。
「荷物は、すぐに引き取りに行きますよ。マスターが閉店後から開店前までなら、店で寝泊まりしていいって言ってくれました」
私は慌てて首を振る。
「み……はるさんが……」
ギャルソンスタイルのワンコは、ちょっと大人っぽい。くっきりとした二重の目をさらにくりっとさせて、目を見開いた。
「深陽さんが来たの。ワンコに会いに……」
吐き出すように、掠れた声しか出なかった。何から何を話せばいいのか、分からない。
「深陽が?」