飼い犬に手を噛まれまして
「でも、先輩は……」
「自分だけは違うなんて思わない方がいいよ。私も、まさかシカゴであれほど大切に自分を抱いてくれた男が日本に帰ってきたら違う女に告白してるなんて思わなかったもの」
シカゴで……先輩が和香と?
「飲み会の帰り、紅巴は郡司先輩に送ってもらったんでしょ? その時から気があるとすれば、紅巴に気があるのに私を抱いたことになる。
私は、そういう男の人でも許せる。だけど、紅巴はどう?」
「私は……」
どうなんだろう……
「郡司先輩、今もクライアントから呼び出されたみたいで会社飛び出して行った。
課長から聞いた話だと、航空会社のポスター撮影のモデルが郡司先輩がいないと撮影したくない、ってダダこねたみたい。先輩、今夜も帰れないんじゃない?
私からの忠告はそれだけ。頑張ってね、紅巴」
和香は、勝ち誇ったように庶務室から出て行く。
忠告なんて、全部和香の嘘かもしれない。先輩を自分のものに出来なかった和香の嫌がらせかもしれない。
制服のポケットに入った携帯電話を取り出して、郡司先輩の番号を表示させた。
数回のコール後に、雑音混じりの先輩の声が聞こえた。
『茅野、ごめん。急な仕事入って今夜帰れないかもしれない。また明日な』