飼い犬に手を噛まれまして
「郡司先輩は、調子のってもいいんですよ! だって、すごいですよ。私、あのポスターみて感動しましたもん!」
先輩は、ハハハと笑って、もう降りろよ、と私の腰に腕を回して抱き上げた。
「きゃっ、私歩けます!」
「はいはい、怪我されちゃたまんないんだよ。車まで後少しだから」
こ、これって?
俗にいう、お姫様だっこだ。
「先輩……ほんと、降ろしてください。重いから……」
「大丈夫。こういうのって、楽しいな。
俺、普通の恋愛って久々にしたかも……」
恥ずかしくって、先輩の顔が見れない。きっと見上げた先には、余裕の笑みで私を抱き上げる先輩がいるはずだ。
「ありがとな、ポスター誉めてくれて……たまに不安になるんだ。机に向かって頭の中が真っ白になって……何も思いつかなくなる夢を見る」
「先輩?」
「何も思い浮かばなくなったらどうしようって、弱気になることもあるんだ」
見上げた先には、先輩らしくない先輩がいて駐車場に着くと私をストンと下ろした。
「あー、腰が痛っ!」
「ひどい! 先輩が勝手に抱っこしてくれたんですからね!」
「はいはい、そうでした」
車を背にジンジャエール味の甘いキス。酔った頬に夜風が気持ちよくて、痺れた体はいつもより敏感に反応する。
「約束してた合い鍵」
シャランと音がして、グッチのキーホルダーがついた鍵を手のひらに押し付けられた。
「なくすなよ、酔っ払い」
「なくしませんっ!」
手のひらで鍵をぎゅっと握りしめる。どんどん先輩が現実味を増していく。