飼い犬に手を噛まれまして


 スラリと長い手足を優雅に動かし、抜群の存在感で自信の生い立ちを話す。


 それから、デザイナー学校で学んだことや今の職業に就き、売れなかった時代にたくさん努力したこと、辛くて泣いたことや、支えてくれた人がいたことなど……


 会場は、最初のうちは彼女の外見に浮き足立っていた感じだけど、中盤から皆必死に彼女の話に耳を傾けていた。


 就活氷河期の時代に、色んな職業の人を呼び講演をしてもらい、学生たちに幅広い視野で就活に挑んでもらいたいという学校側の計らいだとすると大成功だと思う。


 耳に馴染みやすい彼女の声。少し間を置いてから、しみじみと語りかける。



「すごく尊敬しているデザイナーがいるんです。彼は学生時代は遊んでばかりいて……あ、こんな話は大学側からNGきちゃうかな?」


 講堂に笑いが溢れる、だけど彼女がマイクを握りなおすと、また静まる。



「その彼は、なんとか広告代理店のデザイナーとして就職して先生たちにも沢山心配かけて、『アイツは三ヶ月社会人でいれたら合格点だよ』なんて言われてました。

 だけど、社会人になった彼は先生たちの予想に反して、入社後すぐにベストデザイナー賞をとりました。そのあとも、何回も表彰されて……学生時代は落ちこぼれだったのに、今はエリートデザイナーです。

 感性は豊かな人なんですけど、彼は社会人になってから相当頑張ったんです。血の滲むような努力をして、賞をとった時も『ここで、調子にのったら俺はここまでだ。学生時代のままじゃダメなんだ』と言ってました」


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