飼い犬に手を噛まれまして
冷たい水で手を洗って、濡らしたタオルを額にあてる。
「ほんとにごめんなさい……もうしません。許してくださぁい……」
私、この先大丈夫かなぁ? こんなこと、やっぱり絶対に先輩に言えないな。
ってことは、先輩に秘密を持ったまま付き合わなきゃいけないってことになる。
「紅巴、なに独りでぶつぶつ言ってるの?」
「あ、和香……」
珍しい。和香から話しかけてきた。また、嫌な話されるのかなぁ。
「どうしたの? 体調悪そうだね」
「ん、二日酔いなの……」
和香は、「へー、二日酔い」と冷やかすような声をかけてきた。
今はあんまり関わりたくないなと思って、濡れたハンカチを絞って、和香に背を向けた。
「郡司先輩とうまくいってるみたいだね」
「うん、まあね……私、仕事あるから行くね」
かたく絞ったハンカチを握ってトイレを脱出。和香といると、その場の空気が重苦しくなる。
「体調悪いなら、早退すれば? 庶務なんて紅巴がいなくても余裕でしょ」
「そんなわけにいかないよ」
「ふーん、真面目なんだね」
本物の真面目だったら、二日酔いにならないし、部屋で同居している男の子に隙をみせたりしなかったかな?
和香はこういう事を言いたかったんだよね。先輩に付きまとう女の影に私が耐えられなくて暴走するのを見抜いてたのかもしれない。
「和香、ごめん。今は和香と話したくない」
「そうだよね。自分の彼氏を狙ってる女とは話したくないよね」
狙ってる……まだ諦めてないんだ。
「ごめん、先に行くね」
トイレから逃げるように出て、通路をかける。只でさえ深手を負ってるところにとどめ刺されたら、先輩と付き合うのが苦しくなりそう。