飼い犬に手を噛まれまして
「あのね、ワンコ」
「あ! タオルがない。すみません、紅巴さんタオルとって」
「う、うん。頭に巻いてるやつじゃない?」
「そうだった! やべ、俺わかいのにボケてきた。メガネ、メガネって捜してるじいさんみたいだ」
「あはは……あのね、ワンコ」
もうそろそろ出ていって……キスとかされるの、すごく困るから……て言えばいいだけだ。
「あ、まじで髪がうざくなってきた」
「ワンコ! 聞いて!」
ワンコはきょとんとした顔で振り返る。
「どうしたの? 紅巴さん」
「私たち、お互い好きな人がいるのに酔った勢いでキスをした。それなのに、どうしてそんなに普通に振る舞えるの?」
「俺、紅巴さんが好きだから」
真っ直ぐすぎるその視線に、私は何も言えなくなる。
「やめてよ、私は付き合ってる人がいるんだから」
「それでもいい」
ワンコから目をそらす。そうじゃないと、壊してしまう。
私が好きなのは先輩。郡司先輩だけ。
二人を同時に好きになるなんて有り得ない。
「紅巴さんが不安そうにしてる時、そばにいたのは俺でしたよね。紅巴さんは俺を助けてくれた恩人です。だから、紅巴さんが不安な時には助けてあげたい」
「それ、違う……」
「違わない」
タオルで手を拭き、ワンコが私の腕を掴んだ。予想以上に冷たい手に背筋がゾクリとした。
「紅巴さん甘えていいんですよ。彼氏がいてもかまわない」
「そんなことできないよ……」
ワンコの可愛い笑顔に、甘えてみたくなる。
「紅巴さん……」
「だ、駄目!」
だめだめだめだめ、絶対に駄目!
「わかりました。結局、紅巴さんも俺を捨てるんですね?」