飼い犬に手を噛まれまして
「エリナとのことは、何もないわけじゃないし否定はしない。茅野とエリナを比べたりもした」
先輩……私とエリナさんを?
今から何を言われるんだろう。耳を塞ぎたい衝動にかられる。
だけど、逃げ出すわけにはいかない。だって私は先輩を選んでここにいる。もう、逃げたり卑怯なことはしないって決めたんだ。
「エリナとは学生時代の頃からの付き合いで、かなり長いな、何年だろ? もちろん、男と女としての付き合いもあったよ。
最初の頃はお互いにライバルみたいな存在で、でもデザインの事になるとあいつとは何時間でも話ていられた。
そのうちエリナはデザインよりモデルの方を本業に選んで、ライバル心が消えると、そこには恋愛感情しか残ってないように思ってた。毎日一緒にいて、何度も抱き合って、お互いの全てを知って、エリナの知らない部分なんてないと思う。それは今も変わらない。あっちもそう思ってると思う」
先輩は嘘をつかずに包み隠さず全部話てくれているのに、胃がきりきりと痛む。
「全部知るっていうのは嫌な部分も知ることだ。そういう存在が一人できることが俺たちは特別なことだって勘違いしていたけど、実際は違った。
許せなくて何度も喧嘩した。そのうちお互い社会人になって忙しくなって、会える時間が減ると余計に喧嘩がたえなかった。
分かり合えて喧嘩がたえなくなるなんて、相性が悪い証拠だ。嫌いになったわけじゃないのに許せない。何回も別れて、でもまた付き合って……」
食事の手が止まる。先輩が真っ直ぐと私を見てくれているのに、自分から視線をそらした。
「エリナと別れて、当て付けで色んな女と付き合った。エリナがわざと嫉妬するようにモデルとか外見が綺麗な女ばかり。軽いとか噂されるくらい適当なことして、エリナに嫌がらせみたいなことばかりした。エリナは何度も邪魔をしてきた……アイツが異様な程、俺に依存したのは俺がそうさせたのかもしれない。
俺さえいれば、全てうまくいくって思ってる。俺も俺で、エリナがそれで満足してるならいいと思ってたんだ」
それって、現在進行形で?
どれだけ深い付き合いなんだろう……想像するだけで、胸が苦しくなる。
それは巻き戻しなんてできない真実だ。講演の日から理解してたのに、先輩の口から聞くとダメージが大きい。