飼い犬に手を噛まれまして


「きょっ、今日はちょっと……」


 先輩がすごく残念そうな顔した。うわぁあん! ばか! 本当は来て欲しいんです!

 もっと、もっと、郡司先輩を知りたいんです!


 でも、でも……



「まさか、さっき山咲が言ってた“軽いから”っての気にしてる?」


「いえ……あの……」



 広い車内で、先輩の綺麗な顔がぐっと近づいてきた。

 うわわわ……間近で見ると、本当に美形だ。



「なんでそんな噂流れたか知らないけど、否定してこなかった自分にも否があるな。

 茅野のこと、ずっと気になってた。

 今日も、本当は疲れたし飲み会なんて行かないで帰ろうと思ってた。だけど、茅野がいるって聞いたから……チャンスを逃さないようにって」


「チャンス?」


 嘘だ。

 あの郡司先輩が?




 ふっと先輩が目を細めた。それから、触れるだけの短いキス。


「茅野って、可愛いよな……」


「か……可愛くなんて……ないです」


 先輩は、「そういうとこが、可愛いよ」ともう一度はっきりとそう言った。


「今日は、帰るよ」


「はい、あの……部屋に入れるのがヤダとかそういうわけじゃないんです。ただちょっと今日は……」


「わかってる。またな」

「はい、また……」


 なんだろう。この未来を予兆させる挨拶は……おまけに私、あの郡司先輩とキスをした。




 

 
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