飼い犬に手を噛まれまして


────はあ、先輩。いい香りがした。マンションのエレベーターに乗り込みため息を一つ。

 私のこと、可愛いって言ってくれた。可愛いなんて言われたのいつ以来だろ? 

 もう何年前なのかもわからない。



 それなのに、それなのに……




 玄関扉は、鍵を差し込まなくてもドアノブを回転するだけで開いた。


 ただいま、という言葉を忘れてしまった私はただ立ち尽くした。



「おかえりなさい! 茅野さん! お仕事お疲れ様でした!」


 やっぱり……?

 彼は黒に白いラインのジャージ姿でリラックスした様子で、私のソファーに座りテレビを見ていた。


「あのさ、一晩だけって言わなかったっけ?」



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