飼い犬に手を噛まれまして
トレイに慎重にカップをのせて、そろそろ企画デザイン課に戻らないと。
「紅巴さ、副社長から波根深陽のこと何か聞いてるか?」
先輩が急に声を潜めたから、私はびっくりして先輩を見上げた。
「な、なんでですか?」
「いや、もしかしたら副社長はあっちのスパイかもと思ってる……課長もそれを心配してる。副社長と羽根深陽のことは俺たちの間でも噂程度に流れてたけど、時期が時期だけに偶然にしてはできすぎてる」
私の部屋を飛び出した深陽さん。彼女を諦めると泣いたワンコ。
そして、副社長として戻ってきたワンコ。実はフィアンセがいなかった深陽さん。
社長の態度……ワンコとの不仲……
頭の中を色んな事がぐるぐると回った。
ワンコに限ってそんな事はないはず。実は深陽さんと手を組んでいて、巧妙にうちの会社に近づいた。
考えすぎだよ。そんなこと絶対にない。
バイト先で悔しそうに深陽さんを諦めると言った時のワンコの切ない顔だけが浮かんでくる。
「先輩……副社長はそういう人じゃありません」
「断言したな。まだ秘書をはじめて二日だろ? ずいぶん人が良すぎるな」
根拠もなく言ってるわけじゃないんだけど。ワンコと深陽さんの話をしなきゃいけないってことは、ワンコがうちにいた事も話さないといけない。
私……もっと早くに先輩にこのこと全部話さなきゃいけなかった。