飼い犬に手を噛まれまして
会議室のイケない使い方
────朝起きると先輩の姿はなくて、ビジネスバッグもレクサスのキーも、いつもの場所にはなかった。
先に会社行っちゃたんだ……
「ごめん。紅巴、今は冷静に話を聞いてやれる気がしない。少し時間をくれ」
昨夜、はじめて先輩に背を向けられた。
先輩の白いティシャツがぼんやりと真っ暗な寝室に浮かび上がって、広くて大きくてあったかい、大好きな背中が私を拒んでいた。
溢れてくる涙をおさえながら、何回も何回もその背中に触れようと手を伸ばしたけど、私には触れる権利すらない。
私、一番してはいけない失敗をした。特に先輩みたいな人には、隠し事なんてしちゃいけなかったんだ。
気がついていて、でも言えなくて、目先のとこばかり考えて、偽善者ぶって……偽善者って罵られて、馬鹿みたい。
ワンコの顔なんて金輪際見たくない。
見たくないけど、行かないわけにはいかない。個人的事情で欠勤なんて許されないのが社会人。