飼い犬に手を噛まれまして


 カタコトの英語と地図を見せて、タクシーはイーストエージェンシーが入っているオフィスビル前で停車した。


「うん、ここで間違いない。行こう、ワンコ」


 オフィスの中心街なのに、ジャケットを着ている人もネクタイをしめてる人も少ない印象。南国だ。赤道直下だもん。

 枝を広げた大きな街路樹が、空気を浄化してくれているみたいでオフィス街なのに深呼吸したくなるほど綺麗。


「あ、ほらあったよ! EastAgency……十八階だってさ。行こう」


 それぞれの旅行鞄を片手に引きながら、もう片方の手を繋ぐ。


「深陽は絶対会ってくれない」

「そんなのわからないじゃん! ここまで来て行かないわけにはいかないよ」

 近代的なエレベーターに乗り、紳士的なビジネスマンが十八階のボタンも押してくれた。

「サンキュー」


 軽く頭を下げて居心地悪そうに隅っこで縮こまる私に対して、ワンコはふんと横を向いたままだ。

 深陽さん。まだ朝だし、出勤前かオフィスにいる時間だよね。
 それにしても、こんな所で支社長なんて凄いなぁ。
 ワンコの大学の先輩ってことは、少なくても私の五歳くらい年下?
 

 うわー、ありえない!


 いくら社長娘だからって海外で支社長を任されるなんて、本当に凄い。別次元の人だなぁ……ワンコが不安になるわけだ。





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