飼い犬に手を噛まれまして

「はぁーい、はい。ちょっと待ってね。今開けるから」


 スプーンを片手にドアチェーンを外す。鍵を開くと、ドアノブが勝手に回転して、ドアが開く。

「助かりました。茅野(ちの)さん!」

「えっ……?」


 誰、この子?


 男の子にしては少し長めの髪の毛は無造作に切りそろえられ、少し日焼けした肌は健康的で、爽やかなイメージだ。そして、整った顔立ちをしている。

 年齢はまだ若い。明らかに年下。

「茅野さん、俺隣の部屋の坂元(さかもと)です」

「あ、ああ!」


 一番西側の角部屋には、若い男の子が住んでいた。彼が引っ越してきた時に、引っ越しの挨拶にタオルをもらったっけ。

 クマの可愛いデザインで、あれはけっこうお気に入りだったから悪い印象はないんだけど、私たちは互いの生活リズムが違うのか、あれからあまり顔を合わせていない。

 いかにも今時の男の子といったカーキ色のジャケットにデニム姿の隣人は突然うるっと目を潤ませる。



「茅野さん、俺のこと拾ってくれませんか?」

「ええっ?」



 隣人の申し出に、私の頭の中はハテナマークが溢れ出す。
< 4 / 488 >

この作品をシェア

pagetop