飼い犬に手を噛まれまして


 私が呼び間違える度に、先輩は、お仕置き、と囁いて私の背後にスッと立つ。


「紅巴、ほんとここが弱いよな」


「あぁっ……」


 先輩の舌が耳の輪郭を丁寧になぞる。それからすぐ近くで聞こえる吐息に、体中が熱くなる。


「周渡、待って、ワンコが来ちゃう……」


「いいだろ、別に。紅巴は俺のものだし、ここは俺たちの家だ」


「そうだけど」


 先輩が私の左手に指を絡ませる。お揃いのプラチナのリングがきらりと光った。


「裏切り者の副社長に電話して、来るの一時間遅らせてもらえよ」


「駄目だよ、さっきタクシーで向かってるって連絡きたばかりだもん!」


「我慢できるの?」



 先輩が首筋を甘噛みした。料理するからと髪をひとまとめにしていたのが、仇になった。



「あっ!」


「紅巴は、うなじも弱い」


「わかってるから、声に出さないで……」





< 431 / 488 >

この作品をシェア

pagetop