飼い犬に手を噛まれまして

 ローストビーフを切り分けたお皿を上から覗き込むから、私は先輩とキッチン台に押しつぶされる。


 そっと頬ずりをされて、先輩はクスリと笑った。


 結婚してから一番の変化は、先輩が荒々しく私を求めることがなくなったこと。霧雨がジワジワと地面を濡らすように、先輩は私の反応を一つ一つ楽しみながら、ゆっくりと私を求めるから……




 だから、一度先輩の熱に触れると、なかなか体から抜けない。




────ピンポーン



「タイムアウト」


 先輩から解放される。胸元をなおして一呼吸。



「紅巴、出ないのか? 副社長と羽根みはるだよ」


 インターホンカメラの画面を指差して、余裕の笑みを浮かべた先輩が恨めしい。





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