飼い犬に手を噛まれまして
ワンコは二重の目をパチクリさせて「すみません」と謝った。
長めの前髪が顔にかかって、表情が見えなくなる。
「ごめん、私も言い過ぎたね」
ワンコがしょんぼりとする姿をみると、反省してしまう。私、ちゃんと躾できない飼い主さんなのかもしれない。
「ふふふ……」
「朋菜?」
「ごめん、紅巴。ワンコ怒らないであげて」
朋菜はピンクのタオルで涙をゴシゴシと拭いた。
「そうだよね……あっちは老いていくだけだし、色々言いたくもなるよね……」
「朋菜まで……」
「坂元くんだっけ? ハッキリ言ってくれてありがとう。そうだよね、タカシさんに産婦人科には行きたくないって、ちゃんと話してみる。
紅巴、ごめんね。見苦しい話ばかりして、迷惑だよね」
「迷惑なんて思ってないよ。朋菜が私を頼りにしてくれるの、嫌じゃないから。
そうだ! 夕飯食べていく? 食材買い過ぎちゃって、どうしようかと思ってたんだ」
「嬉しい」
朋菜は泣きはらした目でニッコリと笑った。
いつも、こうなるまで私はとことん朋菜の愚痴に付き合う。だけど、このニッコリ顔がこんな最短時間で見れたのは初めてだ。
ワンコ恐るべし。