飼い犬に手を噛まれまして
ワンコは至近距離で「はあ」とため息をついた。それだけのことなのに、背筋がゾクリとした。
何、惑わされてるの? しっかりしろ、私! 彼は私より七つも年下の男の子だ。
「さっきはあんなこと言いましたけど。茅野さんも十分ストライクゾーンですよ。俺、年上の女性が本当に好きなんですよ」
「や、やめてよ。年上っていったって、私なんかもうすぐ三十路だよ? ないでしょ。リップサービスしてくれなくたって、追い出したりりないから、気が済むまで深陽さんのことまってあげていいからね」
「深陽は……もう戻ってこないかもしれません。俺、なんとなくわかってるんです……」
「そんなのわからないじゃん! 大丈夫だって、元気だしてよ」
深陽さんが帰ってこないってことが確定すれば、それはすなわちワンコがうちから出て行くことになる。
「ありがとう」ワンコの甘い吐息が耳たぶにかかる。
「もしかして、耳が弱いの? 体がびくってなった」
「ちがっ、離して!」
「離しません」
ワンコは私の肩に手を回すと、軽々と抱き上げて部屋の隅に敷きっぱなしの布団に私を下ろして、部屋の照明を暗くした。