飼い犬に手を噛まれまして


「それなら、ちょっとだけ……」


 でも、何を話せばいいんだろう。


『あのさ、この前の話冗談だと思ってるか? ちょっとからかわれただけだとか思ってないか?』


 いきなり、その話題ですか。何を言われるんだろうと固唾を飲み込む。



「……思ってますよ。最初から、郡司先輩が私のこと、そういう対象に見てくれることなんてないと思ってます」


 いつからだろう?

 何も考えずに人を好きになることが出来なくなったのは。


『最近気がついたんだけどさ、茅野ってさ俺の周りにいなかったタイプの女だなと思って。地味で普通で、でも一生懸命で』

「やめてください。それ、ほめ言葉には聞こえませんよ、あはは」


 そりゃ、先輩の周りには撮影や仕事で知り合うモデルさんや美人がたくさんいるでしょうけど、私はそういう人たちとは全然違う。そんこと改めて言われなくてもわかってるのに、酷い。


『ほめてもらえたら、嬉しかった?』

「いえ……」

 通話口に先輩の息があたる。それから、笑い声。

『面白い奴。普通怒るだろ? どうして怒らない』

「だって……怒ったら先輩がもう電話してくれなくなると思って」


 からかわれてる。私、遊ばれてる。


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