飼い犬に手を噛まれまして
いつもの萌子先輩なら、「私、低血圧だから」と言う。
低血圧でいることが、いい女の証みたいに思ってる人だ。朝は鬱々とした気だるさで、大人の女の色っぽさとはどんなものかをこれでもかと見せつけてくれる人だ。頼んでもないのに。
「なに?」
「いえ、何でもないです」
何かあったのかな?
ロッカーを開いて荷物を入れると、急いで着替えをはじめた。萌子先輩より庶務室に行くのが遅くなると「後輩のくせに、十年はやい」と言われちゃうから。
「茅野、焦らなくていいよ。今日は、あたしがたまたま早起きしただけだから」
「え?」
絶対、おかしい! 何かあったんだ!
「茅野、今日はあたしとランチ行こっか?」
「ええっ? だって、萌子先輩。ランチの時まで、あんたの顔見たくないって、いっつも言うじゃないですか!」
萌子先輩は、深いレッドの唇を優雅に微笑ます。
「なに言ってるの! 何年も面倒みてきた茅野に、そんなこと本気で思ってるわけないじゃない?」
「萌子先輩……」
「まだ時間あるから、ゆっくりおいで」
ええっ?
ええっ?
何が起こったんだろう?