華〜ハナ〜Ⅲ【完結】
その日から少女は、部屋でうずくまって過ごす時間が無くなった。
勉強時間以外は部屋の隅でじっとしていたのが嘘のように。
上野が部屋を出ていくとすぐに窓を開け、柔らかく包み込む風に身を任せた。
部屋の中しか知らない少女にとって、風の話は世界を一気に広げてくれるかけがえのないものになった。
他の誰が聞いてもビュービューといううるさい風の音にしか聞こえないような音が、少女には風の言葉として聞こえていた。
そしてある日。
「外?外に出られるの?」
目を真ん丸くした少女が嬉しそうに声をあげる。
外へ連れ出してくれると。風がそう言ったのだ。
「行ってみたい!」
少女が言った瞬間。
ふわり、とその体が浮いた。
風に包み込まれて、その風に乗ったのだ。
「すごい!すごい!」
きゃっきゃと笑う少女の笑顔は、生まれて初めての満面の笑み。
風は人のいない場所を選んで少女を運び、一定の距離を保ちながら犬や猫、そして遠巻きながらも人を見せてくれた。
本や図鑑でしかみたことがなかった生き物に、母親と上野以外の始めての人間。
少女は、ドキドキしすぎておかしくなるんじゃないかというくらいにその外出を楽しんだ。