華〜ハナ〜Ⅲ【完結】
「……そんな結都も、幼い頃に母親が病気で死んだわ。私のせいかもしれないし、そうじゃないかもしれない。そんなことはわからないでしょう?…母親を失った結都は、父親に連れられて、私の、冷たい家にやってきた。私たちは、ほんの少しの短い間、普通の兄妹のように過ごしたのよ。」
何の感情も読み取れない、真っ赤な目は真っ直ぐに結都を見つめていた。
「……そして、私たちの家の近くには、もう一つ豪邸があった。由緒正しい、古い家柄だったそうよ。いつしかその家は没落し、一族はバラバラになり、その末裔は細々と暮らし始めた。
私たちとも家が近かったから、幼い頃は一緒に遊んでいたわ。こんな容姿の私とも、臆せず遊んでくれる優しい子だった。
……その、家の子が、」
そこで一度、言葉が途切れる。
俺たちは、その言葉の続きを予測してごくりと唾を飲んだ。
「……蓮士よ。蓮士はその家の子だった。なんの因縁か、私や結都と同じ日に生まれた、幸せを呼び込む光り輝くような眩しい子供。」
よく笑い、よく遊び、その笑顔で周囲を幸せにする太陽のような子供だった、と言うその話に、俺は耳を疑った。
確かに蓮は眩しい。
人を惹きつける人間だ。
だけど、蓮がよく笑う、なんて。
考えられない。
「……そんな蓮士には、正反対の兄がいた。頭が良くて、冷徹で、周囲を不幸に巻き込む、誰からも愛されないのに誰よりも愛を求めた愛しい子。
……それが、貴方達も知っている、暁斗よ。」
「…………は?」
やっとの思いで、声が出た。
なんだって、
「蓮と、暁斗さんが、兄弟……?」
嘉も、震える声を落としていた。
「ええ。そう。不幸の自覚がない暁斗は、精一杯の愛を蓮士に注いだわ。親から愛されない自分を頼り、笑顔を向けてくれる弟を本当に大事に思っていた。だけどある時、教えられたの。
“君は幸せにはなれない。普通の幸せを手に入れることなんて不可能だ。君さえいなければ弟は両親から愛され、何不自由ない生活を送れるに違いない。”
とね。」
「そんなの、酷い……」
「……だけど事実だったの。暁斗が少し家を離れた間に両親は笑顔と優しさを取り戻し、蓮士は幸せの渦中にいた。それを見て絶望した暁斗は家を出ることを決意したわ。
…そりゃそうよね。誰よりも求めて止まなかった両親からの愛を、自分がいない間に弟が独り占めしていて、むしろ愛されなかったのは自分のせいだってことに気づいたんだから。
愛を求めながら少しずつ歪んで行った暁斗を追い詰めるには、十分な光景だったでしょうよ。」
彼女の目は氷よりも冷たくなっていて、腹立たしげだった。