華〜ハナ〜Ⅲ【完結】







***



マスターに呼ばれ、その部屋を訪れた時。



部屋には乃亞がいた。




基本的に、この部屋でマスター以外の人と鉢合わせることはない。


















「ああ、月華。よく来たね。話があるんだ。」




いつも通り薄く笑っていたけれど、マスターの目が違うことにはすぐに気付いた。












乃亞はその瞳に慣れないからか、微動だにせず立っていた。














「…最近、禍后が帰ってこないの、知ってる?」





そう。仕事の後に行く場所なんてない私たちは、まっすぐにこの基地へ帰ってくるのが常だった。


それなのに、禍后は仕事に行ったきり、帰ってきていない。












「ええ。」



「…あいつね、一般人に熱を上げているみたいなんだ。」









これ、見てくれる?と差し出された写真には、綺麗な女の人と並んで歩く禍后の姿があった。



普通の人間のように笑っていて、それが本当に禍后なのかと疑った。













「…仕事の連絡にも応じないし、今朝、“俺はもう人は殺せない”と言って一方的に連絡を絶ったんだ。…そんなのを、野放しにはできないんだよ。」




それに禍后は月華のこともよく知っているしね、と続いた。








彼は、話しながらも、どこかと連絡を取っているのか、モニターに向けられた視線が外れることはない。



足元には、細かく指示を出すためのモールス信号機。


左目にはめてある片眼鏡には、信号を送っている先の状況が映っているのだろう。















「乃亞は、禍后の特別だったみたいだから、教えてやろうと思って呼んだんだ。…月華には、仕事を頼むよ。」



「はい。」








瞬きもせず、マネキンのように立ち尽くした乃亞は、話が聞こえているのかどうかも分からない。




















___同じ境遇、幸せにはなれないもの同士、だけど、愛を求めているもの同士。




不器用に愛し合っていた乃亞と禍后。




なのに、禍后は一般人と普通の幸せを手に入れようとした。



…立派な、裏切りだろう。




ショックを受けているのかは分からないけれど、乃亞が普通じゃないことはわかった。
















「話は終わり。それじゃあ、よろしくね。」











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