女神は不機嫌に笑う~小川まり奮闘記①~
そしてそのまま引き寄せられて、するりと窓から身を乗り出した彼にキスをされた。
唇に、温かくて柔らかい感触。
押し付けるのではなく下唇を包み込むようなそのキスに、一瞬のことで、反応も出来なかった。
私が目を開けたままで驚いていると、唇を離して近距離で見詰めながら、桑谷さんがボソリと言った。
「・・・あきひと」
「え?」
「名前、彰人。宜しく、小川まりさん」
そのまま呆然としていたら、彼は私を放してシートに収まり、ひらりと片手を振って窓を閉める。ゆっくりと目の前を通り過ぎていく車を、角を曲がって消えるまで見詰めていた。
「・・・何で・・私の名前・・・」
知ってるんだろう。
自己紹介をした覚えはないんだけど・・・。
ぼーっとしたまま突っ立っていた。
「くわたに、あきひと・・・さん」
眠気は覚めていたけれど、唇に残った感触が私の中にざわざわとした生き物を生み出して、混乱したような状態だった。
ようやく頭が動き出して、とにかくと自分の部屋に帰ったのは、その10分も後だった。