女神は不機嫌に笑う~小川まり奮闘記①~


「諦めようとしたこともあるんです。だけど、仕事についてから顔を合わせるあの男の平気な顔を見ていたら・・・何もしないなんて出来ない、そう思ったんです。お金を返して、そういったらあのバカは私を階段から突き落とそうとした。そんなこと、許せるわけがない」

 彼は黙って聞いている。

「私は、あいつが許せない」

 桑谷さんの目は私の手元を見ていた。気付いているんだ、私の高まる感情に。

「―――――金を盗られただけじゃあないんだな」

 はあ、と彼が大きなため息をついた。

 眠る前にほどいた彼の黒髪がシーツに広がっている。横向きに寝転がる彼の顔にかかる前髪を、大きな手でかきあげて唸っている。

「・・・詳しく聞きたいですか?」

 私が口元を歪めて聞くと、いらねーと手を振った。

「聞くのが辛そうだから」

「不快ではあるでしょうね」

 じゃあやっぱりいいや、そう言って手をフラフラ振っていた。そして、あーあ、と呟く。

「・・・折角君といい時間を過ごせたのに。・・・守口のせいで台無しだ」

 その拗ねた言い方に、申し訳なくなった。まあ確かに性欲は吹っ飛んだよね、そう思って。

「すみません」

「別に、君が謝る必要はないんだけど。―――――よし」

 最後を勢いよく言って、彼がガバッと起き上がった。


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