女神は不機嫌に笑う~小川まり奮闘記①~
斎は鞄を肩に担いで言った。
「まり、せめてアパートまで送らせてくれ」
「いいってば」
ヤツが困った微笑になった。その斎の顔を見ていたら、切なくなってきた。
――――――――やば。・・・何か、私、泣きそう・・・。
太陽の残り日が地平線のビル群の隙間でオレンジ色に輝いている。
夏の夜の風が通り抜け、小さい頃から流れてきたような懐かしい匂いがした。路地裏の声、蚊取り線香の煙、取り忘れた洗濯物、子供の家に急いで帰る声、そんなものが匂いとなって一気に押し寄せてくるようだった。
ノスタルジーに捉われかけて、私はぐらりと心を揺らす。
ため息をついてから唇をかみ締めて斎に背中をむけ、私は一言呟いた。
「―――――・・・勝手にすれば」
斎を見ずに、そのまま歩き出す。ヤツが後ろをのんびり歩いてくるのが判った。
虫の鳴き声が聞こえる。
歩道を渡って、この街の土地神様である限田神社の階段を上って行った。
私はいつもこの中を通り抜けてアパートまでのショートカットをしていた。2年5ヶ月付き合っただけあって、斎は勿論それを知っている。