女神は不機嫌に笑う~小川まり奮闘記①~
「・・・桑谷」
桑谷さんが自分の手の中の携帯電話をゆらゆらと振って見せた。
「ほら、どうした色男。逃げなくていいのか?もうすぐくるぞ、警察が」
ゆっくりと桑谷さんの方を見て首を傾げた斎に、冷気を感じるほどの冷ややかな声で彼は言った。
「――――――――走れよ、死に物狂いでな」
弾かれたように斎が立ち上がった。
「畜生っ!」
そう叫んで、転びかけながらも走り出す。バタバタという足音とその背中は、夜の闇の中にすぐ見えなくなった。
私はそれをじっと見ていた。悪魔の退散を、目を見開いて見ていた。
「――――――大丈夫か、まり」
心配そうな声が聞こえた。
私はゆっくりと振り返る。あまりにも体がカチカチに固まっていて、まわした首がギギギって音を立てそうだった。
今や何者かが判らなくなった男がこちらに近づこうとするのに気付いて、私はナイフを持つ手をそのまま彼の方向へ向ける。
「――――――まり」