女神は不機嫌に笑う~小川まり奮闘記①~


 目の前に来て、黙って見下ろす彼に私は無駄口を叩く。

「・・・・やりたいのは、キス、セックス、それとも拷問?」

 彼はひゅっと片眉をあげて、怒りを押し殺したような冷たい瞳で私を見下ろす。それから口を開ける。

「話」

「昨日寝てなくて、私かなり疲れてるんだけど」

「俺も」

 私は無表情かつ無感動の声で平べったく言った。

「じゃあ、帰りましょう。さようなら、お疲れ様でした」

 店員通用口から出てくる人たちが、通路を邪魔している私たちをじろじろと見ていく。

 それについていくかのように、私も流れに乗って歩き出した。

 後ろから、当然のように桑谷さんも歩き出しているのが気配で判った。

 誰か話しかけられそうな知り合いはいないだろうか。私は目で前方の人波を見つめる。誰でもいい、顔見知りがいれば、その人に駆け寄ってこの場から逃げられる。

 だけど時間帯が微妙で、知り合いは見当たらない。私はうんざりしながら後ろに向かって声を飛ばした。

「・・・・どこまで付いて来るんですか」

「家まで」

「入れませんよ」


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